人が亡くなると、相続が開始します。相続の一般的な効力について、民法第896条で、相続人は、相続開始のときから、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。と規定されています。
プラスの財産だけでなく、マイナスの財産。すなわち借金も原則として相続の対象になります。ただし、例外として被相続人の、一身に専属したものは相続されません。例えば、弁護士、税理士、行政書士などの資格をもっている人が亡くなっても、その子供が相続によってその資格を承継する事はありません。
しかし、中には、プラスの財産、マイナスの財産と明確になっているものばかりでは無く、同じ財産が、プラスの要素とマイナスの要素を両方持っているケースもあります。
例えば、亡くなった親の代に建てた建物のローンがまだ残っているケースなどです。このようなケースで、もし、遺言が残されていて、以下のような記載があった場合どうなるでしょうか?
第○条 遺言者の有する次の財産を、遺言者の長男○○(生年月日)に相続させる。
1.(土地建物の表示)
2.(預貯金、有価証券の表示)
3.その他、遺言者が相続開始時に有する一切の財産
この遺言の条項の1項に記載してある土地建物が例えば親が営んでいた自宅兼店舗だとします。長男は高校を出て修業の後、親の営むお店の跡を継ぐ為に、ずっと同居して家業を手伝っています。次男は大学まで進学し、卒業後、一般企業に就職しています。
このようなケースで、法定相続分通り土地建物や預貯金等を2分の1で分けてしまうと、長男が家業を継続して行けなくなったり、また、家業を継ぐ為に高校を出て働いている長男と大学まで進学して、自らの選択で好きな仕事に就いた次男との間で不公平感が出て争いの基になるかもしれません。なので、遺言者は生前に次男に対して相応の生前贈与を行うなどして、家庭裁判所の許可を得た上で次男に遺留分の放棄をしてもらっていたとします。
その上で、前出のような遺言があれば、長男が土地建物を相続したのだから、建物のローン残債についても長男が承継するという事になり、次男と長男が争う事もなく、家業も継続できて良かった、良かった、ということになりそうです。
しかし、ここで気を付けなければならないのが相続による債務の承継の問題です。判例では、このケースの建物ローン残債のような可分債務(分割して給付できる債務)は遺産分割を待たずに、法律上当然に分割され共同相続人がその相続分に応じて承継するとしています。
このケースでは長男と次男の内部関係では長男がプラスの財産を全て相続したのだから、マイナスの財産である借金も長男が全て引き受けるということになります。しかし、外部に対する関係では債権者が承諾しない限り、法定相続分による債務承継を変えることはできません。
ここで、先程の前程の話を思い出してみると、次男は遺言者の生前に遺留分を放棄したのでは?と疑問に思われる方もいるのではないかと思います。しかし、遺留分の放棄はあくまで遺留分を放棄しただけであって、相続放棄をしたわけではありません。したがって、相続が開始すれば、遺留分を放棄していたとしても次男は法定相続人となります。
次男からしてみれば、遺留分を放棄して長男に全て相続させる事を承諾したのに、いざ相続が開始したら債権者から法定相続分に基づいて債務の支払いを請求されるのではたまりません。
その場合、遺言書に以下のような文言を付け加えておくと良いでしょう。
第○条 遺言者の有する次の財産を、遺言者の長男○○(生年月日)に相続させる。
1.(土地建物の表示)
2.(預貯金、有価証券の表示)
3.その他、遺言者が相続開始時に有する一切の財産
第○条 長男○○は、前条の相続をすることの負担として、前条の不動産に設定された抵当権の被担保債権である建物ローンの残債務全額を支払わなければならない。
2 債権者の請求等により、長男以外の相続人が前項の債務を支払ったときは、長男○○はその相続人に対して速やかに支払額を補填すること。
このように、遺言できちんと指定しておけばよいケースも沢山ありますが、遺言も書き方を間違えると、逆にトラブルの原因になってしまうケースもあります。遺言による相続対策はしかるべき専門家に相談して進められることをお勧めします。