最近はTVドラマなどで相続をテーマにしたものを良く見かけるようになりました。しかし、こと、相続の話に関しては実際の事例の方がTVドラマよりもはるかにドラマ的な内容のケースが多々あります。例えば、今年1月、数年前に亡くなった資産家女性Aさん(当時97歳)が遺した「一切の財産を家政婦に渡す」という内容の遺言について、無効を主張して遺産を渡さないAさんの実娘側に対して家政婦の女性(68歳)が遺産の返還を求めて訴えた訴訟の判決です。
裁判で、実娘側は「遺言は母親をだまして作成させたもので無効だ」などと主張したそうですが、実娘は長年に渡り、Aさんにお金の無心を続け平成14年には海外に移住する事を理由に3000万円の資金援助を受けるなどしていました。その際にはAさんと実娘の間で資金援助はこれが最後とする念書を取り交わすなどしていましたが、実娘はほどなく舞い戻って来て同居を始めます。その時Aさんは資産が奪われるのが怖くて外出も出来ないと周囲にもらしていたそうです。一方、家政婦の女性はAさんの死後帰郷した際も、着の身着のままで現金も5千円しか持っていなかったそうです。家政婦の女性が本当に大金を着服したのならばそのような事実は不自然だと指摘して、原克也裁判長は「Aさんの介護もせず資産のみに執着する実娘2人と違い、家政婦の女性は資産家女性に50年以上、献身的に仕えてきた。遺産で報おうとしたAさんの心情は自然だ」と判断、判決で東京地裁は、家政婦の訴えを認め、実娘側にAさんの全遺産約3000万円を返還するように命じました。いくら実の娘でもあまりにも主張に整合性が無ければ認められないという事でしょうか。
もう一つの話は、遺言書の「印」についてです。民法の規定では、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言、いずれの場合も遺言者の署名、押印が必要です。印鑑の種類は特に指定されていませんので認印でも構いませんが、公証役場が作成に関与する公正証書遺言や、秘密証書遺言では、遺言者の特定や同一性の確認のために印鑑証明書の提出を義務付けていますので実際には実印で押印することになります。拇印については、以前裁判で争われたケースがありますが、有効という結論が下されています(最高裁平成元年2月16日判決)。
今回、争われたのは「花押」です。花押とは「書き判」とも呼ばれ、文献によると、中国の南北朝時代の斉にまで遡るそうです。それが、日本にも伝わり、当初は貴族社会で用いられていましたが、それが武士の間でも使われるようになり、有名なところでは伊達政宗の織田信長の「麟」字花押や羽柴秀吉(豊臣秀吉)の「悉」字花押、伊達政宗の鳥(セキレイ)を図案化した花押などの例が見られます。
今回の裁判で争われた遺言書の遺言者は琉球王国の名家の末裔(まつえい)にあたる沖縄県内の男性です。男性は2003年に85歳で死亡し、遺言書には、息子3人のうち、次男に山林などの不動産を全て相続させるとする内容が書かれていました。1審の那覇地裁と2審の同高裁那覇支部はいずれも、花押を印と認め、遺言書を有効と判断していましたが、上告審で、最高裁第2小法廷(小貫芳信裁判長)は6月3日、「花押は押印とは認められない」としてこの男性の遺言書を無効と判断しました。個人的にはこの判決を見て、この男性の家系や文化的背景を鑑みれば、花押を遺言に必要な印として認めても良いのではないかという気もしましたが、おそらく最高裁としては今後、遺言書にまつわる同様の裁判を想定して、ここで、一度遺言書の印について明確に線引きしておきたいという判断があったのではないかと推察します。
遺言書の本来の目的は、ご本人の遺志を遺産相続に反映させるとともに、遺されたご家族の相続手続きの負担を減らしたり、遺産相続が揉め事にならないようにするための備えでもある訳です。ですから、遺言書そのものが争いの火種になっては本末転倒です。遺言書はそのような点を良く考えて本来の目的が達成される遺言書を作成したいものです。
相談事例(遺言を書くメリット)http://www.j-ssa.net/q12/